国語の物語文の読解の軸「心情理解」に強くなるための会話習慣

引き続き、国語の文章読解にもつながるご家庭での会話についてです。

 

国語の文章読解の力を伸ばすために、ご家庭での会話で意識すると良いことについて複数回に分けて書いています。

 

今回は、「物語文(小説)」についての読解です。

 

 

物語文では、

登場人物が場面ごとにさまざまな出来事にあい、そこでの言動を通じて、心情の変化を読み取っていく

というのが読解の「軸」となります。

 

ものすごくざっくりとまとめましたが、

今回は、この「心情理解」につながる会話についてです。

 

 

ずばり、感情を言語化する習慣をつけましょう。

 

感情、つまり喜怒哀楽を表す言葉(心情語)を、

どれだけ自分の中にストックできているか。

 

そして、ただその言葉を知っているだけではなく、

その言葉が表す感情が、一体どのようなものなのかを理解できているか。

 

この理解が、物語文での心情理解につながります。

 

 

感情を表す語彙そのものが、選択問題で出されることもありますし、

登場人物の「気持ち」を書く問題は、中学受験の記述問題でも頻出です。

 

 

気持ち(心情)を表す言葉をたくさん知っておくことで、

これらの問題に解答するときに、戸惑うことが少なくなります。

 

 

ところが、心情・感情というのは、目に見える実体があるものではありません。

 

例えば、「りんご」といえば、多くの方が共通の赤い果物をイメージすることができるでしょうが、

このような実体があるものについては、

多くのお父さま、お母さまが、幼少期のお子さまに対して

「これは何?」「りんご」といったやりとりをしてきていることでしょう。

 

ところが、

例えば「悲しい」という感情については、

同じように、指差しでの確認、といったことはできません

 

お子さまが、悲しい気持ちになった時に、

「そうか、〇〇ちゃんは悲しい気持ちなんだね。」

などと、気持ちを言葉にして確認してきているご家庭というのは、

「りんご」の場合と比べて、明らかに少なくなるでしょう。

 

 

さらにいうと、

お子さまが感じている、その何らかの「負の感情」に対して、

「かなしい」と名前づけをするのか、

あるいは「くやしい」なのか「せつない」なのか「やるせない」なのか、

でも、お子さまの感情のバリエーションに変化が出てくるかもしれません。

 

 

さまざまな心情表現を、その都度、自分の感情と結びつけることで、

感情を表す言葉の理解が進んでいきます。

 

 

反対に、お父さまやお母さまの感情を言語化して伝えることも、心情理解の大きなポイントです。

 

なぜなら、物語文の登場人物は、自分ではない他者であるからです。

 

受験で出題される物語文では、

多くの小学生がおよそ経験をしたことがないであろう状況に置かれた主人公というのが、非常に多いという特徴があります。

(時代が違ったり、年齢が自分よりも上だったり、そもそもの生育環境が明らかに異なったりするものが多くあります。)

 

また、主人公だけではなく、周りの登場人物の気持ちについて答える問題もあります。

その中には、自分よりも圧倒的に年上の大人も含まれているわけです。

 

そう考えると、

「こんな時、自分だったらどう感じる?」という自身の感情をベースに考えようとすると、無理が出てきてしまいます。

 

どちらかというと、

「こういう時(このような言動をする時)に、人はこのように感じる(感じている)ものだ。」という

感情についての一般論的なものを獲得していく必要があります。

 

 

あるいは、「感情を客観視する能力」とでもいうべきでしょうか。

 

国語の物語文の読解で、「主人公に感情移入をして涙してしまい、その後の問題が解けなかった」という話もありますが、

国語の物語文の「読解」は「鑑賞」とは違います。

 

感受性が豊かな子には、かえって酷なことかもしれませんが、ある種ドライに読み進めていくことが必要なのが、文章読解のポイントでもあるのでう。

 

 

日常生活の中で「他者の心情」について触れる機会は、圧倒的に不足している。

 

ところが、この「他者の感情」について、

その感情を言葉にして聞ける機会というのは、あまり多くはありません

 

 

多くが、

感情にラベリングをするのではなく、

むき出しの感情をそのまま投げつけるようなやりとりとなってしまっているのが実際のところではないでしょうか。

(さらにいうと、子どもたち同士では、そうした感情を直接伝え合う、という機会も少ないのかもしれません。)

 

 

ですから、

感情を表す言葉を知って、理解する、という上で、

お母さまやお父さまが、「自分の感情を言語化する」というのは、大きな意味があるのです。

 

 

(感情に関する語彙が不足したまま大人になっていけば、大概のことを「ヤバい」「ウザい」「ムカつく」で片づけることとなってしまいます。)

 

 

感情に名前をつけることは、メタ認知的な活動でもあり、その習慣はアンガーマネジメントとしても有効です。

 

なお、この「自分の感情を言語化する」という習慣は、

「自分自身を客観的に分析する」という点において、いわゆる「メタ認知」をしていく取り組みでもあります。

 

「今の自分の感情を言葉で表すなら、どのような表現がふさわしいだろう」と考えることで、

一次的な感情は、いったん抑えられることでしょう。

 

また、自分の感情にラベリングをすることができたということでも、

気持ちの整理がつくことにつながります。

 

 

普段から、自分の感情を言語化する習慣をつけていけば、

「つい、怒ってしまった」ということも少なくなるのではないでしょうか。

 

これは、大人も子どもも同様です。

 

 

お子さまが、荒れ狂うような癇癪を起こすようなことがある場合は、

「気持ちを言語化する」ことを、親子で習慣にしてみてください。

 

自分の気持ちを、うまく言葉にして伝える、ということができるようになっていくはずです。

 

 

 

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藤田和彦